本文へジャンプ 2008年2月20日UP 

             
 第六段「芥川」の情景
伊勢物語絵巻の世界

 出光美術館で「王朝の恋―描かれた伊勢物語―」を見る。昔のことになるが、伊勢物語に関心を持った時期があって、とくに第六段「芥川」に思い入れがあった。「白玉かなにぞと人の問ひしとき露と答へて消なましものを」という和歌が好きだったのだ。

 物語は駆け落ちというか、男が女を連れて逃げる話である。男が女に恋をし、幾年か口説き続けてきたが、ある夜、ようやく女を盗み出すことができた。途中、芥川という川にさしかかったとき、男に背負われた女は、草の葉に露がきらめくのを見て、あれは何?と男に尋ねた。しかし、行き先はまだ遠く、夜も更けてきたので、男は焦っており、答える余裕がなかった。

 そして、折からの雷雨を避けるために一軒の荒屋に入り、中に鬼がいるとも知らずに女を奥に隠し、自分は弓矢を持って戸口にがんばって、早く夜が明けるのを念じていたが、鬼は早くも女を一口に食ってしまった。女の叫びは雷鳴に消されて男の耳に届かず、夜が白んではじめて男は女が鬼に殺されたと知り、泣いて悔やんだが後の祭りだった。先の和歌は悲嘆に暮れた男が詠んだ歌ということになっている。

 嵐の闇にきらめく草の葉の水玉は夢幻的である。女の目がそれを捉えたときの一瞬静止した光景が瞼に浮かぶ。事情があって表向きには一緒になれないふたりなのだが、ついに非常手段に出て、夜の荒野を走っている。

 ふと女は揺れ動く闇のすきまから、夜の草むらにひとつぶ、ふたつぶ、宝玉の美しさに潤み輝いているものを瞳の内に捉えた。女は夜の荒野などに来たことはなかった上に、ほかに誰といない稲妻の走る荒野で、不安と恐怖があったのだろう。

 女としては、光っているのは鬼や蛇の目ではなく、草の葉の露だよ、と男に答えて欲しかった。「かれは何ぞ」という言葉は女の心の奥からふり絞られた叫びだったのだ。対して男の心理は明快で、早く荒野の夜の底から脱出し、安心できる所に落ち着き、女を庇護しなければならない。それが焦りとなって、女の問いかけに応じるところとならず、女の心は男の心の周辺を空回りしてしまった。

 読者は男の心と女の心のすれ違いから生じた悲劇の一形式をこの物語から読み取ることができるだろう。「あれは白玉でしょうか、何でしょうかと、そなたに聞かれたとき、あれは草の葉に置く露ですよ、と答えて自分もそのはかない露のように消えてしまえばよかったのに――」

 男が詠んだこの断腸の歌は、想像力をかきたてたが、具体的な情景を想像するまでは至らなかった。今度、第六段「芥川」を描いた五つの絵を見て、ある種の感懐があった。伊勢物語を公家の愛読書から町衆一般に広げたのは、江戸時代初期1608年に刊行され、当時のベストセラーになった「嵯峨本 伊勢物語」@である。この版本は文章と挿絵がセットになっており、広く読まれた。この挿絵にあるように男女と芥川と柳が基本要素で、後の絵本や絵巻、屏風はその基本要素を引き継ぎながら、絵師が各々バリエーションを加味している。

17世紀江戸時代、俵屋宗達作と伝えられる伊勢物語図色紙「芥川」(益田本)Aは、緊迫感のない優雅な逃避行に見えるが、第六段に関しては、俵屋宗達の有名な「風神雷神」風の鬼に重点があるように見える。鬼はリアルで大きく描かれている。

次の土佐光芳筆とされる「奈良絵本
伊勢物語」(江戸時代後期、18世紀)Bは嵯峨本の図柄に沿って描かれているが、彩色と表現が細やかである。男女の視線の方向も一致している。当時の美男美女の要件であるふっくらした顔が艶やかさを添えている。草の葉というのは柳の葉らしいことも分かる。


六曲一隻の伊勢物語屏風Cも17世紀江戸時代のもので、嵯峨本の構図だが、洛中洛外図のように各画面を金雲で仕切り、貴族の教養として絵から段を判じて楽しむ作りとなっている。

 最後の扇面流しDは昭和
51930)年、山口逢春作であるが、10本の扇を流すように配し、これまでの構図とは異なって第六段は女が鬼に食われる瞬間を象徴的に描いている。暗雲と稲妻が鮮やかである。

 伊勢物語がなければ源氏物語は生まれなかったともいわれる。伊勢物語の人気の秘密はどのへんにあったのだろうか。江戸時代に絵巻や屏風がたくさん作られ、伊勢物語が愛され、普及したことに改めて感じ入った。しかし、第六段は後半に解説のようなものがあり、前半の物語の味わいを薄めているきらいがある。中村真一郎も伊勢物語の文学的特徴は、各段が終わりでぶちこわされていることだといっている。絵がいずれも前段のストーリーに沿って優雅に描かれているのが救いである。(08.02